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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)434号 判決

原告

岡ちえ子

右訴訟代理人

藤平国数

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者

細井倞

右訴訟代理人

千葉孝榮

右訴訟代理人

本江樹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告は抗弁として、本件交通事故は無免許運転者の運転によるものであるから自動車保険普通保険約款第二章第四条一号の条項によつて被告は免責され保険金支払義務を負担しない旨主張し、原告は本件が右事由に該当しない旨主張して争うので先ずこの点を判断する。

1  〈証拠〉によれば、本件保険契約の内容をなす約款第二章第四条に自動車が「(1)無免許運転者によつて運転されているとき」には、保険会社は賠償責任条項の他の規定ならびに一般条項および特約条項の規定にかかわらず損害を填補しない旨規定されていることが認められる。そして本件事故の加害車の運転者である訴外杉本文太郎が本件交通事故の当時免許停止中であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、訴外杉本は本件交通事故前である昭和四六年一一月二五日訴外滋賀県公安委員会から第一種普通運転免許証の交付を受けたが、同年一二月二二日の飲酒運転により右訴外公安委員会から昭和四七年二月一七日から同年五月一六日まで九〇日間の免許停止処分を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2 本件約款の前記免責条項の解釈は、先ず普通保険約款の各条項はそれが当事者の知、不知を問わず、約款によらない旨の表示をしないで保険契約を締結した場合には、当然に契約の内容となつて当事者を拘束するものであるから、保険契約者が保険的保護を得られることの合理的期待を保護することと保険業務活動の大量的、画一的、客観的処理の諸要請との調和を図るということを念頭においてなされるべきであつて、具体的には保険契約の当事者の意思、約款作成関与者の意図及び保険業界の慣行を忖度しつつ、自動車対人賠償責任保険制度が被保険者の損害填補を第一次的目的とし、交通事故による被害者の救済は第二次的目的とするという制度上の原則をふまえて解釈されるべきである。

〈証拠〉によれば、本件免責条項の制定根拠は無免許運転は法令違反のうちでも最も悪質なものであるから会社通念に照らして保険的保護を与えることは相当でないとの点にあつたこと、同規定はそれ以前の免責条項に比較すると免責の幅を大きく狭めて被害者保護を図つたものであるが、保険業界の統一的解釈としては右約款条項中の「無免許運転」の意義は道路交通法に定められた無免許運転(同法六四条)と同義であり、免許停止中の者の運転は当然無免許運転に該ると解されていたこと(なお、本件免責条項につき訴外有限会社若原商会が本件保険契約の締結に際し、約款によらない旨の表示などがされたことを窺わせる証拠はない)。が認められ、以上の事実によれば、本件約款の「無免許運転」による免責条項の解釈上、原告主張の如き制限的解釈をとり免許停止中の者を除外しなければ、責任保険制度上その本旨に著しく反し公正を欠くと認めるほどの理由はないといわざるを得ない。なぜならば、無免許運転の意義を道路交通法におけると同様に解することは、約款の文言上社会通念に照し通常人の理解の及ぶべき範囲内にあり、又保険業務活動上の客観性、明確性に悖ることもなく、さらには責任保険制度上も免責条項を制限解釈しなければ公序に反するような事情は見出し難いからである。なお、〈証拠〉によれば、昭和四七年一〇月一日、保険制度の発展や社会的要請などに応じて対人、対物賠償責任保険につき無免許運転と酒酔い運転を免責事由から削除した約款改訂がなされたが、右削除は被害者保護を目的とした創設的な改訂であつて確認的な改訂ではないこと、車輛条項については右免責条項は残置され、その文言は「法令により定められた運転資格を持たないで」(自家用自動車保険普通保険約款第五章第四条)と改訂されたが、この文言の改訂も免責条項の範囲を変更したものではないことが認められる。以上の事実によれば、事後の右改訂をもつて、改訂前の本件約款の「無免許運転」に免許停止中の者の運転は含まれないという解釈の根拠とする原告の主張は失当であるといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件は右免責条項に該当するものであるので被告に保険金支払義務はないといわざるを得ない。

二したがつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(稲田龍樹)

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